人は、他の生き物(動植物)の命をいただき、生を持続させている。「いただきます」は、それらの命に感謝する言葉だと教わった。しかし、私たちはいつの間にか、そうした気持ちを忘れてしまっていないだろうか。今年ほど、「食の安全、安心」という言葉の重みを思い知らされた年はない。安全、安心な食は私たちの健康を維持するために欠かせないものであり、未来を担う子供たちにとっては日々の勉学、スポーツに励むための大切な糧になる。幸い、宮崎県北は新鮮な食材の宝庫だ。W+ingは、恵まれ過ぎるが故に見落としがちだった県北の食材にスポットを当て、それらを一度に味わい尽くせる形、〝なべ〟にしてみた。県北の恵みを喰(く)らって、冬を乗り越えたい。 「県北を味わい尽くす」とは言っても、あまりにも材料が多岐にわたりすぎ、素人では手に負えない。そこで、延岡市安賀多町の松乃寿司のご主人、竹井孝成さんに知恵を拝借した。 しばらく宙をにらんでいた竹井さんだったが、「うんうん」と何度かうなずくと「北浦のOh茶メ豚の味噌なべなんてどうですか」と自信たっぷりに答えてくれた。曰く、豚肉と味噌の相性は最高で、野菜もたっぷり入るなべは栄養満点。まさに「県北を味わい尽くす」というテーマにぴったりだ。 そうと決まれば次は材料集め。店頭に出かけると、あるある。ハクサイ、ニンジン、ミズナ、シイタケ、長ネギ、みんな地元産でそろい、改めて豊かな土地で生活していることに感謝する。 ところが料理人にとってはなかなか難しい土地柄らしい。竹井さんは「地元の人たちは自分たちの口が肥えていることに気づいていない。素晴らしいものが当たり前になってしまっている。だから、料理人にとってはやりにくいんですよ」と苦笑い。また、料理人は良い素材にはあまり手を加えない。素材そのものを味わってほしいからだ。そういう意味でも腕が振るいにくいとか。「目新しいものを食べたくなるのは理解しますが、本当においしいものは何か。しっかり考えてほしいですね」。 さて、土鍋には、竹井さん自慢の特製味噌を鶏ガラスープで割った煮汁ができた。これに食材を次々と入れていく。薄切りにしたお茶メ豚は瞬く間に茶色く、野菜は火が通るに従ってくたくたに。門川町産ハモのつみれをダンゴにして入れてみた。甘い味噌独特の香りが部屋中に立ちこめる。 もう我慢できない。火が通った食材を次々と口に運ぶ。熱い。熱い。熱いけれどかまっていられない。うまい。おいしい。豚肉の甘いこと。ハモのつみれ、タイの切り身、カキから出汁が出ているのが分かる。野菜からも出汁が出ている。濃厚な味噌の味わい。そしてピリっとアクセント。すべて県北。東京じゃ食べられない。県北まるかじり万歳。(写真:松乃寿司店主 竹井孝成さん) 竹井さんが準備していた特製味噌は、白味噌4、赤味噌1が基本。これに細かな割合は秘密だが、酒、みりん、しょうゆ、おろしニンニク、ゴマ、トウバンジャンを混ぜ、ひたすら煮詰めたもの。焦げるといけないので、火に掛けている間は、これまたひたすら練り続けるという労力のたまもの。「沸騰して、はねる味噌との戦い。火を弱くすると時間が掛かるし、強くすると沸騰が強くなって危険。なやましいもんです」。竹井さんは3時間ほど練るそうだが、家庭用の小鍋なら30分も練れば大丈夫だそう。「ぜひ挑戦を」と竹井さん。おいしいものを食べようと思えば、それなりの苦労は覚悟しなければ。 延岡市北浦町の松下畜産代表、松下秀信さん(46)が「Oh茶メ豚(おちゃめとん)」の生産を始めて8年。じっくりとファンを増やしている。 茶生産も手がけ、豚舎の糞尿から作ったこやしを茶畑に入れ、逆に茶葉と酵素を混ぜた飼料を豚に与えるというサイクルを確立。出荷前2カ月を茶と酵素の混合飼料で過ごした豚は、脂がしまり甘みが出て、赤肉は軟らかく、茶に含まれるカテキン効果で日持ちが良くなり、生臭さもなくなるなど利点ばかりだ。味噌なべを作った竹井さんも「脂の質が上品。脂のスジもきめ細かで盛りつけたときに見た目がきれい。特有のにおいも気にならない」と太鼓判を押す。 ただ、価格への転嫁が難しく、「自家の茶だからできるが、購入してまでは無理」という。一緒に始めた仲間が脱落するなか松下さんだけが残った形だが、もう少し頑張ってみるつもりだ。今年、豚舎にのこくずを敷き詰め土着菌を混ぜたところ、糞尿がその場で分解され労力が半減。においも減り、豚もコンクリートの床で腹を冷やさないようになった。飼育頭数を現在の倍の1500頭にする準備を進めている。 「安心、安全は絶対。家族が喜んでくれるものを作り、それを消費者にも食べてもらっている。自分で食べておいしいから自信を持って販売しています」と松下さんは言い切った。