家田・川坂湿原

 

左)モートンイトトンボ

左下)アオイトンボ

下)ヒメホウコネ

延岡市北川町の家田(えだ)・川坂地区に全国でも貴重な湿原がある。「家田・川坂湿原」(北川湿原)と呼ばれ、2001年に環境省から「日本の重要湿地500」に選定された。宮崎県も2008年「重要生息地」に指定したほか、ラムサール条約湿地潜在候補地にもなっている。ここには絶滅が危惧(きぐ)されている「ヒメコウホネ」「オグラコウホネ」の日本一の群落や、「キタガワヒルムシロ」といった固有種、珍しい「グンバイトンボ」など、希少動植物が生息している。この貴重な湿原を守ろうと、地元住民をはじめ国・県・市が協力して保全・保護活動が行われている。

貴重な50数種の動植物が生息

【地勢・環境】家田・川坂地区は、北川が河口から15キロほど上流で東へ大きく蛇行する左岸側に位置する。このうち家田湿原は、北川の支流・家田川(延長約4キロ・流域7.2平方キロ)に沿った「S」字型の湿地帯。面積は約10ヘクタール。川坂湿原もやはり北川の支流・川坂川(延長約2.5キロ・流域3.6平方キロ)と山ノ内谷川沿いの細長い湿地で、面積は約2ヘクタール。
両湿原は鏡山(645㍍)をピークとして枝状に広がる比較的なだらかな山地の南西側にあり、山地に降った雨が伏流水となって家田・川坂地区で湧き出し、家田川、川坂川、山内川とともに湿原の水源になっている。
また湿原の岸辺は土手や石積みが見られ、川底は砂礫(されき)や砂泥に覆われていることから、良好な湿原環境を保つのに役立っている。
ただ、冬場の渇水期は水量が著しく減り、湿原地帯の一部は干上がったりして動植物は休眠状態になる。
家田・川坂湿原で見られる貴重な動植物のうち、環境省と宮崎県のレッドデータブックに掲げられている絶滅危惧種や準絶滅危惧種は、植物、底生動物、魚類、両生類・爬(は)虫類合せて50数種にも及び、ほかにも貴重な動植物が生息している。

コウホネの大群落

【植物】絶滅危惧種「ヒメコウホネ」は家田川、「オグラコウホネ」は川坂川と山ノ内谷川に大群落が見られる。「これだけあるのに絶滅危惧種だろうか」と思われがちだが、1000株を超える群落は全国でも家田・川坂湿原だけといわれる。
特にオグラコウホネは、このまま減り続けると、100年後には日本の90%が絶滅するのではないかと危惧されている。
家田湿原で見られる、花がオオバコに似た「ミズネコノオ」や「ミズトラノオ」も、現在のペースで減少すれば、絶滅する恐れがあるという。
聞きなれない植物だが「サイコクヌカボ」「サワゼリ」「スズメハコベ」「ヌカボタデ」「タコノアシ」「ミズマツバ」なども絶滅の危機が迫っているそうだ。
新発見の植物もある。「ハタベカンガレイ」は、今のところ全国で3カ所しか確認されていないし、「キタガワヒルムシロ」は「北川」の名を冠した固有種。両種とも家田湿原で発見された。
寒い地方や高所に生育する「オニナルコスゲ」「ヌマゼリ」「コウツギ」「オニグルミ」なども見られ、家田・川坂地区が日本の南限とされる。

珍しい「グンバイトンボ」も生息

【動物】底生動物は「グンバイトンボ」「コガタノゲンゴロウ」などは絶滅の危険度が高い。グンバイトンボは家田・川坂地区でふつうに見られるものの、全国的には貴重な存在。イトトンボの仲間で、中足と後足が白っぽい「軍配」(ぐんばい)のようになっている。湧き水があって、流れのない場所しか生息できない。
魚類は「ドジョウ」「ナマズ」「メダカ」の絶滅危惧種が生息している。つい4、50年前までは全国のどの川や湖沼にもいたポピュラーな魚だったが、農薬散布や外来種の侵入によって激減、なかでもメダカは絶滅の可能性が増大、かなり危機的な状況にあるといわれる。
両生類・爬虫類で絶滅が心配されているのは「トノサマガエル」「クサガメ」「イシガメ」。この3種も以前はどこの川や池沼、水田でも見られた。最近は生息範囲が狭まってきている。人が捕獲して数を減らしていくのも問題視されている。

 

「守る会」などが保全・保護に努力

【保全・保護】家田・川坂湿原の貴重動植物を絶滅から守り、子孫を残すためにはどうすればいいのか。何が必要なのか。
県北植物愛好会会員で元家田・川坂川自然再生計画検討委員会委員の成迫平五郎さんは「ほかの植物の遷移をストップさせることが、まず大事になってきます。例えばオギやススキ、オオフサモ、オランダガラシ(クレソン)、ホテイアオイ、セイタカアワダチソウなどが入って来ないようにする必要があります。また人為的採取をさせないこと。シカやイノシシの侵入を防ぐことも大切です」と訴える。

成迫さんらの助言もあって地元有志が立ち上がり、家田地区は「家田の自然を守る会」(大久保真直会長)、川坂地区には「川坂川を守る会」(安藤重徳会長)が出来、川に入ってススキなどの繁殖を防ぐために野焼きをするなど、地道な努力を続けている。
しかし、シカやイノシシの食害を防ぐのは容易ではない。夜になれば湿原地帯にシカが数十頭ほどの群れをなし、絶滅危惧種の「サデクサ」などの花芽を食い荒らすという。頭の痛い話だ。
家田・川坂湿原を未来に残そうと、行政の面から努力を続けている延岡市北川総合支所の安藤俊則さんは「家田・川坂地区の湿原は、地元の人たちが里地・里山で農業を絶やさずに続けてきたおかげで、生態系が守られていると思うのです。地元の人々の日々の営みが大切なんですね」と話す。地元の人たちが自然とともに営々と農業を続けてきたことが、結果的に貴重な湿原を守ってきたわけだ。
「今後は、湿原を訪れた人たちに説明できるボランティアガイドを、守る会で養成していきたいと思っています。しかし、あまり有名になると盗掘などの心配も出てきます。高速道路のインターチェンジが出来れば北川を訪れる人も増え、それらの人を湿原に案内したいと思うのですが、一方では荒らされないように、保護していかなくてはならないというジレンマがあります」と、安藤さんらの課題は多い。

2つの湿原を「北川湿原」にしては

【名称について】「家田・川坂湿原」の名称を「北川湿原」にしてはどうかという声がある。「えだ・かわざか」を「いえだ・かわさか」と誤読しやすいうえ、読みが長く覚えづらいきらい。
ちなみにウェットランド北川創造協議会と北川町商工会が2010年に作ったパンフレットの表題は「北川湿原」になっている。
パンフレットの表紙には「宮崎県北部、延岡市北川町にある2大湿地帯、家田湿地・川坂湿地。この2つを総称して『北川湿原』といいます」とある。